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実話小説・隣の女子寮-完

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「初体験の人に、Mって刻印されたの?」と彼女が言った。
「うん、されたよ、爪で」と答えた。
「Mってマゾって意味のMだったの?」
「そう思ってる、そのはず、彼女は俺をマゾだと言ったんだ」
「違う意味のMってことはない?」
「他に何のMがあるの?」
「例えば、名前のイニシャルとか」
「俺はRだよ」
と言ったところで、もう一つのMの意味に、ようやく気がついた。
目の玉が瞬間大きくなった、それを見て彼女にもそれが伝わった。
Mのイニシャルをもつ彼女が、ゆっくりとした口調で話しだした。
「その女の子、涼汰のことがずっと好きだったんだよ、たぶん長い間。
ようやく結ばれて、嬉しくて、自分のイニシャルを涼汰のカラダに刻んだんだよ。
誰とも関係を持って欲しくない、って思って刻んだんだよ」
瑞穂がうつむいた。
「長い間?」
瑞穂を抱く左腕に力が入った。
「涼汰、誰ともつきあいたくなかったんでしょ?たくさんの女の子と遊びたかったんでしょ?」
小さな声、囁くような声。
俺は言葉を返せずにいると、
「その子、もう限界だったの。
好きな人が、色んな人と色んな経験を重ねるのを聞くのが辛くて毎日泣いてたの。
本人にはそんなこと聞けるはずがなくて、ただ泣いてたの。
でもね、そんなことしてたら涼汰がおかしくなっちゃうって思って、
その子は、つきあって、って言いに、クリスマスに会いに来たの。
涼汰のことは、みんなが好いてるよ。あたし、知ってるもん。聞いてるもん。
涼汰に彼女がいないから、みんな涼汰んとこに来るんだよ。そう言ってたもん。
ねぇ、涼汰。あたし、涼汰を助けたい。
あたしとつきあって。

そう言うと、瑞穂は泣きだした。
俺の胸を幾つもの涙の雫が濡らした。

「俺も探してたんだもん、瑞穂のこと」
「あたし、涼汰から快感をもらえる?満足をもらえる?」
「うん」

二人抱き合ったまま、静かに時間が過ぎた。
心の中、快感だとか満足だとか、それらとは別の引き出しに収まっているとても温かなものが、
二人を包んでいたように思えた。

俺が瑞穂とつきあいだしたニュースは、その日のうちに女子寮に届けられ、
その日以降、二つの窓が同時に開くこともなくなった。
翌年の春、二人は別の大学へと進んだ。
俺は北の地で、瑞穂は西の地で大学生となり、遠距離恋愛が始まったが、
次の春を恋人同士のまま迎えることはなかった。

瑞穂とは今でも連絡しあえる仲にある。
電話はしないが、週に1度のメールは途切れたことが無い。
ついさっき、わずか1時間前にも、彼氏とのツーショットが添付されたメールが届けられた。
そして、30分前には俺と同じ大学に通う聖奈さんからメールが届き、
2日後に大学近くのカラオケボックスで一ヵ月ぶりに会うことになった。
俺には現在、彼女がいない。

ここで筆を置く。
今は2009年の8月。
実家に帰省して、かつての俺の部屋でノートパソコンのキーを打つ。
窓を開け、向かいの窓を眺め、懐かしんだところである。
もう少ししたらシャワーを浴び、街に出かける支度を始める。
今晩俺はちょっと高めなラウンジに行く。
そこで待っているのは、ラウンジのオーナーとなった恭子さんである。



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| 小説・隣の女子寮 | 01:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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